仏教聖地インドブダガヤ お釈迦様悟りの菩提樹の下へ

ブダガヤの菩提樹の下で

インドを見てきました。今回は、デリー~ブダガヤ~ベナレスです。インドへいくと人生観が変わるとよく言われますが、実際行ってみた感想は

ものすごく変わる

でした。しかし、日本に戻ってくるとまた日本での日常になり強烈な体験も薄れていくだろうと思います。あの思いを忘れないでいることが重要だと思いながら書いていくことにします。

誰もが「気をつけて!」というインドの旅

はじめてインドに旅をしますというと、返ってくる言葉は「楽しんできてね!」ではなく、「気をつけてください!」。100%そう言われることでインドへの好奇心と恐怖が同時にやってきます。

インドに30回以上行って、現地で赤痢にもなったこともある元旅行添乗員の妻からは、とにかく水に気をつけること、食べすぎない、調子にのらない、話かけてくるインド人はひたすら無視と意味不明なことを何十回も真剣な顔で言われてもいました。
・水はすべてミネラルウォーターで。生野菜も食べない、アイスや生ジュースもだめ、露店で売っているものも一切食べない。
・お皿やコップは高級ホテルでもウェットティッシュで拭くこと
・お店では言われた値段で絶対買わないこと
・子どもにバクシーシと言われてお金をあげたら取り囲まれるから
・牛のフンだらけだから汚い靴で行け

さらに、インドへ行くと言ったらこれを読んでくださいと知人からもらった「ガンジス河でバタフライ」には、「インドに行ったら死ぬぞ」と書いてあり

どんだけ修羅の国やねんと旅の前から異常なテンションにもなりました。今回はツアーで添乗員もついてもらったので結果的にはそれでよかったです。初めてインドに行くのに一人旅をする人は相当な覚悟で行った方がいいと思います。

デリーからブダガヤへ

デリーには夕方に着くので、次の日にブダガヤにいくためにデリー空港のホテルに泊まるところからはじまりました。「税関を出たら貴方の名前を書いた紙を持っているインド人がいるからその人に声をかけて」と言われていました。そのときに「違う人が横から声かけてきてもついていったらダメだよ。変なところに連れて行かれるよ」と妻にまた脅され、「そんなわけないやろ」と思っていたのですが、同じことを今回の添乗員さんからも言われてしまいました。「この前お客さんが、声をかけてきたインド人をお迎えの人と間違えてついていって変なところに連れていかれて大騒ぎになったんです。だから貴方の名前の書いた紙を持っている人以外にはついていかないでくださいね♬」のように軽く言われて、「おいおいおい!怖すぎやろー」

意外に奇麗だったデリー空港

かなり恐れながらインドデリー空港に着いたのですが、想像以上に奇麗な空港で最初は逆に戸惑いました。後できくと、2010年ころに空港がリニューアルされたとのこと。怪しいインド人もおらず、名前の書いた紙を持ったお迎えの人も丁寧で一安心しました。「なんや、余裕やん」。これが後で間違いだと気づくのですが。

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幸先よく空港からホテルに無事に着き、添乗員さんとも合流でき、明日のブダガヤのためにゆっくり休みをとりました。

ビハール州ブダガヤ

デリーから飛行機で2時間。ビハール州はインドでも最貧の地と言われており、土で固めた家や、藁で作った家が普通にあり、暴力、レイプ、停電などあらゆる数値がインドでも最低ラインにあると言われる。そのビハール州にブダガヤがあり、そこでお釈迦様が悟りを開いたという。

最近ビハール州は、DVや暴力を抑制するために法律で禁酒になりました。添乗員さん曰く、「昔は川に橋が架かってなくて水の中を渡ったんですよ」や「この道路舗装されてアスファルトになって走りやすくなったんです」と、それでもインフラはかなり進化しているように言っていました。

空港につくとお釈迦様の絵が通路の両脇に並んでいて、「お釈迦様の地にきたんだ」と神聖な気持ちになります。
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マハーボーディー寺院へ

ブダガヤについたのが昼過ぎだったので、夕刻にまずはマハーボーディー寺院という聖地に見学に向かいます。インドで良くお世話になる「リキシャ」に乗って聖地へ。
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こちらが寺院です。大塔の裏にお釈迦様が悟りを開いた菩提樹の下や、そのあと瞑想して歩いた場所があります。

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インド最初の洗礼ー物乞いの少年

寺院は携帯電話持ち込み禁止で、入口でボディチェックを受ける必要があり周辺は各国から来た仏教僧侶や観光客が集まっていました。

立っているとさっそく小さな子どもがやってきて手を出してきます。これが噂のバクシーシかと思い、相手にするなとのみんなからのアドバイス通り無視をしていました。しかし子どもは無視しようが反対を向こうが体の前に寄って来ては切なそうな目で何かを話しかけてきます。見るとボロボロの服に裸足、日本の子どもの腕くらいな細い脚。生まれながらに奴隷や物乞いをしなければならない境遇がインドにはあることを生の声として以前聞いたこともあり、こんな小さな子が物乞いをしなければならない現実に心が痛みます。

一人に施しをすると、次から次へとやってくる。そう聞いていた私は、その子に何かをあげることができませんでした。この子だけにあげたら不公平になる。他のすべての子に公平にあげられるのか。そんな力もない自分が薄っぺらい気持ちで慈悲の真似事をしているだけではないか。そもそも施しをあげるなんて上からの態度でいいのかなど考え苦しくなってきます。

「ごめんな。君にあげたらみんなにもあげないとだめになるから」。心でそう謝りながら無視をしているとようやくその子は他の観光客にまたバクシーシと手を差し出していました。同じ人間なのにどうしてこんなことが起こっているのだと、現実を目の前にするとかなりの衝撃が走ります。

ぼろぼろの服を着た老人

やっと子どもから解放してもらったのもつかの間、すぐにこちらによろよろと歩んでくる老人がいます。その人も手を差し出してなにかをくださいと言っているようなしぐさをします。無視をするのがあまりにつらくなってきたので、その人の目を見て「何も上げられないんです」と訴えるように言っても当然引き下がってくれない。しばらく押し問答をした後、その老人がいきなり足元にしゃがみこんで、私の足首を触ろうとした。ぎょっとして後ずさりしてその場から少し離れたところまで逃げた。

後で聞くと、足の甲を触るのはインドでは聖職者やVIPに対する丁寧な挨拶だと知り、罪悪感でいっぱいになります。

寺院の入口に入るだけで、どっと疲れたインドでした。

菩提樹の下で瞑想

翌日、朝5時にマハーボーディー寺院の入口に着き開門を待っていました。菩提樹の下での仏教僧侶の朝勤に参加し瞑想するためです。

この日も花や土産を法外な値段で売ってくるインド人、物乞いの少年はもちろんいます。

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朝の大塔は幻想的です。

この裏に菩提樹があり巡礼の僧侶が朝勤をはじめます。あたりは抑揚をつけた「三帰依」が流れます。

三帰依
buddham saranam gacchAmi ブッダン・サラナン・ガッチャーミー
dhammam saranam gacchAmi ダンマン・サラナン・ガッチャーミー
sangham saranam gacchAmi サンガン・サラナン・ガッチャーミー

仏法僧3宝を敬うという意味のお唱えです。
南無帰依仏
南無帰依法
南無帰依僧

高校生時代、京都にある洛南高校に通っていました。弘法大師空海が日本最古の大学を建てた場所にあります。家がお寺であるわけでもなく単純に進学校として。

そこでいつもブッダン・サラナン・ガッチャーミーと教室で唱和させられていました。当時高校生の自分の関心事といえば受験と女子高生とのデートのことしかありません。「ガッチャーミーってなんやねん」とクラスメイトとふざけあっていたあの言葉が2500年を超えて世界の仏教の共通の言葉として存在することをようやく知り、仏教の力をあらためて思い知らされました。

そして、ようやくたどりついた菩提樹

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囲いの中にそびえたつ大きな木が菩提樹です。この下でお釈迦様は悟りを開いたとされ、黄金の座がそばにおいてありました。

ここが世界三大宗教のひとつ、仏教がはじまった場所であると思うと熱心な仏教徒でなくても心が震えだしてきます。王子であったにもかからず、生老病死の苦しみに直面し、そこから解放されるために苦行に苦行を重ねても解決できず、瀕死状態にまでなりスジャータさんの乳粥を飲んで正気を得、そのあと瞑想をつづけ、あらゆる悪魔(気の迷い)を払いのけ、ついに悟り得たこの菩提樹を今こうして見上げているのだと思うと、心が震えてくるのです。

PRINCE SIDDHARTHA ATTAINED BUDDHAHOOD (FULL ENLIGHTENMENT) IN  THE YEAR 623B.C. ON THE VAISAKHA FULL MOONDAY SITTING UNDER THIS PEEPUL (BODHI) TREE.

王子だったシッダールタは、満月の日、この菩提樹の下で悟りを得たと記されています。

世界各国の仏教僧侶、仏教徒、観光客が寺院のまわりを歩きながら瞑想したり、五体投地を行い、菩提樹の下でお祈りやお唱えをしています。

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瞑想しても迷走してしまう

荘厳なお経の声、世界の仏教僧侶の祈り、菩提樹の下でお釈迦様の苦しみと悟りを感じ、朝日に照らされる大塔。そんな中で瞑想をこころみる。

hasunohaというお坊さんと一般の人をつなげるプラットフォームを2500年後に作った。異国の地、日本という国で。その原点がここにあると。

インドでみた物乞いの少年、手のない障害者が地に這いずり回る姿。一方で何もかもが便利で裕福に生きていける現代の日本で、毎日のように死にたい、苦しいとお坊さんに訴える人々。

人間とはどういう状況になっても苦しみから抜けられないのか

これからどうしていけばいいのか、わからなくなっている自分がいます。

お釈迦様もこうやって悩んだのだろうか。しかし、自分には悟りなんて到底開けない。無力でどうしようもできない自分が辛くなってきます。何も考えず、とにかく感じるままに、この聖地の中を何時間でも歩いて、座って、何千とある像を見て、人や動物を見て、鳥のさえずりをきいて、菩提樹をただ見上げて、足にとまるハエや蚊に身を任せていきます。

生きるとはなんだ、人間はどうなるべきなのかを感じずにはいられないものがここにはあります。

答えはでません

ブダガヤの日本寺へ

ブダガヤには4つの日本寺があると、そのひとつ日蓮宗太生山一心寺の尼僧・片山妙晏上人に教えてもらいました。

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バブル期には日本企業がブダガヤの発展をサポートし、日本人もたくさんブダガヤにきていたが最近は訪れる人もかなり減っているとのこと。

インドでもデリーのような都会では発展とともに若い人の中で宗教離れが起こってきているようで、電気がない、食料がない、干ばつになる、洪水がおこるなど人知を超えた事象が多い時代には、人を超えるものに祈りを捧げることもあったが、何でも人の力でできてくると祈ることも少なくなってきているとおっしゃっていました。

私が日本でhasunohaというサイトを運営していること、これだけ発展した日本でも多くの人が僧侶に相談をしてきていることを話し、宗教や宗教家は、社会の発展とともに消え去るのではなく、人知を超えたことへの祈りから、心の持ちようをどう説くかに求められることが変わっていくのではないか、というような話で片山さんと盛り上がりました。

片山さんは、このお寺で貧しいインドの子供たちに日本語や道徳を教えておられます。教育を受けられない子供たちは、その親も代々教育を受けておらずその連鎖が続いてしまっています。例えばここブダガヤではゴミをゴミ箱にいれる習慣がない(ゴミ収集が社会のシステムとしても整っていない)ので、どこでもゴミで溢れかえっています。

このお寺では、ゴミはゴミ箱に入れることや、きちんと並ぶこと、ありがとうなど道徳的なことを教えている、インドの寺子屋です。

片山さんは日本でOLをされていたそうですが、岡山にあるお寺の師匠が素晴らしく、そこに弟子入りし僧侶となって一心寺ブダガヤ分院で勤務されているとのこと。最初に私たちを出迎えたときの笑顔が素晴らしく、とても生き生きした表情をされているのが印象的でした。

「今ここでインドの子供たちに教えているのがとても楽しい」

染み入るような笑顔で接してくれる片山さんと話していると心が浄化されていくのを感じます。

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hasunohaで悩み苦しんでいる方も、ぜひブダガヤにきて、片山上人とお話してもらえたらと思います。

日蓮宗太生山一心寺ブダガヤインド分院

Nichiren Shu Tashozan Isshinji Temple,
Bodhgaya-824231, Gaya, Bihar, India.
(Located opposite the Indosan Nipponji Temple)

片山上人との話で、自分を見失っていた中に少しだけ生きるヒントのような光を感じることができました。しかし霧は完全に晴れません。

インドに来て、ブダガヤの仏教聖地に来て、頭の中をかき回されたまま、次の地、ガンジス河で有名なベナレスへと向かいました。

hasunoha記事

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