インドベナレスの旅 ガンジス河で悟りの平泳ぎ

深い河ガンジス

静かに内面から自己を見つめる街がブダガヤだとすると、動乱から己の立ち位置を定め直す街がベナレスだと感じます。一見ルールも秩序もない混沌の中で生きる人々の姿を見て浮かび上がってくるものとは何でしょうか。

ブダガヤからベナレスへ車で7時間

ベナレスまで車で7時間。ビハール州の田舎の街並みを抜けて走ります。藁で作られた家、狭く汚い露天商、青空学校、頭に重い米や穀物を乗せて歩くサリーを着た女性、我が物顔で歩く牛、路上でただ寝てる人。そんな風景が続きます。それでもガイドさん曰く、道路は舗装され以前よりかなり走りやすくなったらしい。道路はところどころ陥没していたり、修理中であったり、それをよけながら高速道路を走ります。
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無法地帯ベナレス

ようやくベナレスに到着。ここから先は大きな車は入れないということで、オートリキシャに乗り換えてホテルの近くまで向かいます。

ホテルまでの片側一車線の道路には、小型自動車からオートリキシャ、バイクが絶え間なくクラクションを鳴らし続けています。クラクションが鳴っていないときがありません。追い越し禁止や車線という概念もなく、みんな好き勝手に横をすり抜けていきます。たまに逆走してくるバイクをかわします。車道なのに人も歩いていて、いきなり道路を横断してきます。さらに、牛も好き勝手に歩き、犬は寝転がっています。ここには信号もなく、交差点ではいきなり右から左からバイクやリキシャ、人や牛が我先に突進してくるのをクラクションでアピールしながら華麗に抜けていきます。

しばらくするとこのカオスを楽しめるようになりました。

見ていると、クラクションを鳴らした人も鳴らされた人も顔が怒っていないことに気がつきました。

日本だとクラクションを鳴らされるといやな気持になるものです。クラクションに「どけ!こらー!」という気持ちが入っているからです。すれ違ったり、追い越すときに相手をにらみつけたりしますよね。ひどいときはそのまま停車して殴り合いの喧嘩になったり。

ここインドではクラクションは「どけこらっ!」ではなく、「ここに俺いるからな」という存在アピールのように聞こえました。そこに怒りの感情はありません。イライラして運転する人を日本でよく見ますが、インドではノープロブレムなのでしょう。精神的には健全です。

よくこんな誰もルールを守らない状況で交通が成り立っていますねとガイドさんに聞いたら、誰もルールを守らないから事故が起こらないのだ、誰か一人でも守ったらおかしくなると冗談かどうかわからないことを言われました。

一見無秩序でカオスな中に、秩序だった社会を見ました。秩序の作り方が日本の概念とまったく違っているようなのです。

さらにカオスなベナレスの裏通り

リキシャを降り、ここからは裏通りを通りホテルに向かいます。細い路地は前の人と離れると二度と出てこれないような迷路のように見えます。

狭い通路には人からバイクから牛まで歩いていて、日本人と見ると日本語で話しかけてくる怪しいインド人でいっぱいです。ついていくと店に連れていかれ法外な値段をふっかけられます。ここには露店やシルクの店が連なっていて歩くだけ楽しいです。ここで売っているお菓子やアイス、揚げ物などを食べるとかなりの確率でお腹を壊します。

狭い路地には牛がいます。私は2回後ろから牛に角でお尻を刺されました。牛の角で刺されたらものすごく痛いです。ここでは、お牛様が一番のようです。路地の真ん中を歩かない方がいいかもしれません。

ガンジス河

ようやくついたホテルはガンジス河に面したHOTEL ALKAです。目の前にガンジス河が広がります。ついにあのガンジス河をこの目で見れた感動に思わずテンションも上がります。
インド人はこの河で沐浴し、洗濯し、遊び、火葬した灰を流し、牛の死体が流れているのかと思うと翌日のボートに乗ってガンガーの上で朝陽を拝むのが待ちきれません。

ガンガーの朝陽

翌朝、日の出は朝もやの中から6時ころ昇るとのことで5時ころからガンジス河のほとりを歩きます。既に河で沐浴している人、路上で寝ている人や犬、石の上でずっと河を眺めて動かない人。朝もやのガンジス河はただ静かに流れています。朝もやの中から太陽が出てきました。
これからボートに乗って、朝陽を拝み、ロウソクを灯した花を河に流し、火葬場へと向かいます。
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ボートから見るガンジス河の水は濁っていて中がまったく見えません。細かい緑の粉のようなものが浮遊して、これは藻のようですが、噂にきいた死体が浮いているや、得体の知れないものが流れているということには遭遇しませんでした。ただ、水質がかなり悪いことが素人でもすぐにわかります。しかしここは聖なるガンジス河。既に多くの人が沐浴をして、服を洗濯しています。死んだら火葬されてここに流されることが最高のことなのだと、生き物の生も死もすべて包みこんで流れるガンジス河から昇ってくる朝陽に、自分も大宇宙の一員なのだとつながりを感じざるを得ません。

火葬場と寄付よこせの話

朝陽を感じた後、ボートは河のほとりの火葬場へとやってきました。ガンジス河のガート(沐浴場)に火葬場が併設されている場所があります。そこでは川岸に煙が上がり、毎日300体近くが火葬されていると言われました。火葬された遺灰はそのままガンジス河に流されていきます。

ガイドさんより、この火葬場近くは地元の暴力団やぼったくりが多く、マリファナを売ってきたり、カメラ撮影をするとトラブルに巻き込まれるので、写真は絶対に撮らないでと言われたので撮影はしていません。前日仲良くなったインド人からも、火葬場で僧侶のフリしたやつがドネーション(寄付)といってお金を取ろうとするから払う必要はないと言われていました。

遺体は担架のようなものに乗せられ、布で全身を覆われています。家族近親者によってガンジス河に遺体を浸して清めたあと、キャンプファイヤーのように組まれた薪の中に遺体をいれ青空の下火葬します。

その一部始終を目の前で見れるため多くの見物客がいました。ボートが火葬場の岸に近寄ると、いきなり一人のインド人がボートに乗り込んできて何やら話し始めました。

なぜここで火葬が行われるのか、その方法や数など、そして亡くなった人や家族はどうするのかなど勝手に話し始めます。なるほど、これが噂の勝手に話して寄付を強要する例のぼったくりかと警戒していたのですが、話を聞くとけっこういいことを言っているなと思うようになりました。

ここで人生を終え、ガンジス河に流されるのはとても幸せなことであるとみんなここに来るのだと。
ここにはホスピスもあり、路上で倒れただ死を待つだけの老人や病人を連れて、死ぬまでの最後のときをここで過ごすのだと。
見送る家族は悲しい顔をしない。人生を全うして遺灰はガンガーに流され、その魂は天に召されるのだと。それはハッピーなことだと安らかに見送れるのです。
人は100%死ぬ。何を持っていようが、どれだけ富があろうが最後にはすべてなくなる。
旅では建物を見たり食事をするのも楽しいが、人間の命を見てほしい。

自分で「私はPriestだ」と言っていたが、本当かどうかはわからない。
しかし、目の前で遺体が焼かれる前で、生と死の話、何が大切かを説いてくれた目の前のインド人を私は僧侶だと思うことにしました。だから、お約束の「寄付をしてください」という言葉に、少しばかりの寄付をしました。

これが詐欺に引っかかったのか、お布施をしたのかはわからない。しかし私は彼の言葉に光を感じた。それでいいのだと思った。

ここインドでは、生と死が生活の中に溶け込んでいる。人も牛も犬も鳥も虫も、生きて、死んでいくのが日常で感じられる。

日本では、日常から死が消えてしまっている。日本人の多くは日常から切り離された病院の中で死んでいく。死が見えない。

日本で、身近な人が亡くなったときに、インド人にしてもらったような、いのちを説いてくれる人がいるだろうか。

ガンジス河で沐浴

インドに来て、絶対しなければならないと旅の前から思っていたこと。

ガンジス河で沐浴です。

しかし、ずっと悩んでいました。絶対飲んではいけないインドの水。水道水ですらそうなのに、あらゆるものが流れこんでいるガンジス河。透明度も最悪で病気になるのが必至のこの河に入れるのか。

最終日、意を決して河沿いの沐浴ができそうな場所を探して歩き回ります。インド人がはしゃいでいたり、ボートがあるところはやめよう、など言い訳を始めるとできそうな場所がありません。

ずいぶん遠くまで歩いて、ある小さな沐浴場まできました。そこにしようと決心したものの、やはり怖い。悩んだ挙句、別のところを探そうとまた歩き出しました。目の前に生活用水が川に流れ込んでいて、そこをまたがないと先に進めません。

その汚い藻だらけのところを滑らないように渡った瞬間、

ズテーン

と足が宙に浮いてズッコケて、背中からぐしゃぐしゃの藻の中に転んでしまいました。Tシャツが泥にまみれたまま。インド人もびっくりしたようでみんなこっちを向いていました。

あちゃー

あまりの汚さに、目の前のガンジス河の水で洗うしかありません。そうして、ようやくガンジス河に入ったのでした。

水は冷たくもなく、まずはTシャツを脱いでインド人のように河の水で洗って石段に干します。そのまま奥へと歩き、足がつかないところで平泳ぎをしました。

さすがにバタフライはちょっと。

ある程度岸から離れたところで、顔を上にして太陽を浴びながらプカプカと浮いてみました。

おー、ガンジス河に浮いている。あれだけ怖かった河も入ってしまえばただの水だなーと。「まだ見ぬ未来を恐れて立ちすくむのは己の心である」という禅宗のお坊さんの言葉を思い出します。

足のつくところまで戻り、最後の仕上げ、沐浴です。

鼻をつまみ頭の先まで全身水につかって祈るのです。
目をつぶり、聖なる河に体のすべてを浸します。

インドでの目的を無事に終えました。感無量です。

あれは、恐れる自分の背中を神が押してわざと転ばせてくれたのでしょう。

悟り

ブッダガヤの菩提樹の下では、自分とは何だ、生きるとは何だとかき回され、自分を見つめ直せとお釈迦様に言われているようでした。答えが出ないまま混沌としたベナレスにきて、何かが吹っ切れました。

インドに来て思ったこと、それは、貧しかろうが差別されてようが、

とにかく人間も動物も生きとし生けるものが必死に生きている

ということ。ぼったくろうと寄ってくるインド人も、良い悪いは置いといて、こいつらも必死に生きているのだなと思うと親しみさえ感じるようになりました。だからこっちも必死に交渉します。本当に危険なところには行かないけど、インド人は人懐っこくあと腐れもなく楽天家で、いいところがたくさんあるなと思います。

悩みの種だった物乞いへの対応ももう迷いません。ここには正解や一般常識はないのです。あげたいと思えばあげればいいし、あげたくないと思えばあげなければいいのです。


激しい旅も終わり近づいてきました。
さて、そろそろ日本に帰って仕事をしよう

人生に煮詰まったらインドへ行こう。

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