お坊さん側から見たオンライン悩み相談の意義

オンライン相談は絶好の布教の機会

Zoomを使った「お坊さんオンライン個別相談」を始めて3か月が経ちました。ここまでの経緯などをご紹介しつつ、今回はお坊さん側から見て、オンラインでの相談にどんな意義があるのかをお伝えしたいと思います。

コロナウイルスによる外出自粛によって、Zoomが一躍有名になりました。意図せずZoomを使ったオンライン個別相談を同じ時期に開始したことで、イメージも湧きやすかったのかも知れません。

LINEやZoomなどビデオ会議機能を使って「オンライン相談」を始めたお寺もありますね。こんな時期なので、相談もそれなりにあるようで新しいご縁のつなぎ方として今後定着していくかもしれません。

お坊さんにZoomで悩み相談したい人はいるのか?

います。しかもたくさんいます。

開始3か月ですが相談依頼もそれなりにあります。このまま続けていると、そのうちまたメディアなどで取り上げられて一気に爆発するかもしれません。

相談したい人はたくさんいるのですが、今回は「お坊さんを応援する」のも目的の一つなので、有料でご提供しています。無料開放するとおそらく今の運営ではパンクするほどの依頼がくるでしょう。

人々の苦しみに向き合ってくれるお坊さんが増えるために

コロナウイルスで法事や法話、祈祷などがなくなり、経済的に立ち行かなくなり、家族を守るためにお坊さんであることを中止して、バイトで日銭を稼いでいるお坊さんを知りました。

お坊さんがお坊さんでいられなくなることは、とても悲しいことです。特に、人々の苦しみにずっと向き合ってきたようなお坊さんなら。

本来、人々の苦しみを「抜苦与楽」するのが仏教者だとするならば、衆生に向き合ってくれるお坊さんが、お金のことを心配しなくても、集中して活動できるだけの経済基盤をつくるのは、そのまわりの者がやったほうがいいと思っています。

hasunohaはただの悩み相談サイトだよね、という人もいます。

hasunohaに寄せられる相談を10個でも読んでみてください。ただの悩み相談でしょ、なんて言えない壮絶な苦しみで溢れています。

現代社会の人々を抜苦与楽してほしい。お坊さんがそこに時間を割いても、お坊さんにお金が入ってくるようなしくみを考えるのもhasunohaの役割です。

お坊さんはオンライン相談で何を話しているの?

始める前は、亡くなった大切な人やペットのためにオンラインでもお経を一緒にあげて欲しいというのがそれなりにくるのかと思っていました。

蓋を開けてみると、ご供養などは今のところ依頼がありません。1年も経つともっと幅広い依頼が来ていると思うのでそのときにまた統計を取りたいと思います。

オンライン相談で今のところ多いのは、「過去の罪悪感で前に進めない」です。

後悔、罪悪感を抱えながらどうやって生きていけばいいのか。私はどうやって懺悔すればいいのか、幸せになってもいいのか。ずっと、ある時点からの罪の意識が心から離れない。

誰にも話せない。

お坊さんに聞いてほしい。

お坊さんから言葉がほしい。

と藁をも掴む気持ちでお坊さんに依頼がきています。

そんな相談者さんも、おそらく人生初めてのお坊さんとのオンライン相談ということもあって、最初は緊張されています。

それが、少しづつでもお坊さんに打ち明けていく中で思わず泣きだしてしまう方も多くいます。思いがこみ上げてしまうほど、心の中で一人で抱えてしまっていたのでしょうね。

そんなときはお坊さんは優しく声をかけてくれます。

「話すのも、泣かれるのも、沈黙するのも、すべてはあなたの時間ですよ」

そうやって相談者さんに寄り添いながら、信頼関係を築いていってくれます。

一通り話し終わると、お坊さんから言葉をいただきます。

仏教の教え、あるいは各宗派の教えをもとに、今の相談者さんが直面する問題にお話をしてくれます。

その話はお坊さんでない人からのアドバイスと真逆なこともよくあります。

「そのような考え方はしたことがなかった」

多くの相談者さんが言われることです。そして、そのアドバイスによって心のつっかえが取れたように感じ、すーっと心が軽くなっていくのです。

このときこそ布教の機会

辛い、なんとか苦しみから逃れたい。多くの人はそのとき自分を責めています。そして、それを解決してくれることがあれば、今までの自分を悔い改めて受け入れたいと思っています。

お坊さんのことばを聞きたいという状態

つまり、仏法を聞くのに適した心の状態になっているということです。
そのときに仏様のお話をする。

そうすると、今まで宗教、仏教など普段考えたこともなかった人が、「仏教の教えは心にすっと入ってくるのですね」と気づく。1,500年も日本で受け継がれてきたのだから入ってこないほうが本来おかしいのです。

檀家さんや信者さんは、お坊さんの言葉を聞こうと既に思っている人たちです。

檀家制度が崩壊する今、檀家でない人のほうが今後ますます増えてきます。そのような、仏教にまるで興味のない人に、どうやって仏法を届けるのか。ここに一つの解があると思っています。

苦しみに寄り添い、救ってくれた。

そう思えたときに、仏教がそれぞれの人生の中に入っていくのでしょう。

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